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関東連合の噂や罪

関東連合の噂や罪1 
http://blog.livedoor.jp/tipunews/archives/17149153.html より転載

芸能界や著名人とも関係が深いと言われる関東連合。

テレビではほとんど報道されない数々の噂や犯罪。

ここでは話題になった噂やニュースをお伝えしようと思います。

 

関東連合とは1975年に東京都内を中心とした暴走族の連合体として結成した関東連合。


1986年頃以降、20代の関東連合OBの行動が激しくなる。
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1997年 五反田・暴走族100人大乱闘事件
品川区西五反田の路上で、暴走族グループが別のグループに襲われ、約100人の乱闘となった。
この乱闘で、区内の少年(18)が腰を刺され死亡。他2名も重軽傷を負った。
この抗争の原因は、縄張りをめぐる落書きによるもので、以前からいざこざがあった。
グループの少年達は店のシャッターなどにスプレーでグループ名を落書きしていたが、自分達の縄張りで相手の落書きを見るけると、上から×を書き、対立を深めていた。
両グループの少年達は凶器準備集合罪で逮捕されている。



1998年  関東連合芦花公園ホモ狩り殺人事件
「芦花公園」で男性同性愛者が、ふとももをナイフで刺され殺害された殺人事件は犯人が逮捕され一応の解決を見たが、強盗殺人より罪状の軽い暴走族同士の抗争における「人違い殺人」として処理。

1998年4月26日午前1時35分頃、同性愛者の発展場(ハッテン公園)として知られている世田谷区粕谷の都立芦花公園内公衆トイレにて、山梨県韮崎市内の食品製造販売業手伝い伊藤人支さん(40)が暴走族風の集団に刃物で左大腿部を刺され、病院に運ばれたが、まもなく出血多量で死亡した。
成城署によると、この男性はその日知り合ったばかりの会社員の男性(38)と話をしていたところ、数台のバイクで乗り付けたグループに襲われたという。
男性らは二人で公園内の公衆トイレに逃げ込み、内側から鍵をかけて潜んでいたが、集団は金属バットなどでドアを叩き壊そうと外側から襲撃。
しばらくしてバイクが去った音がしたので外へ出てみたところ、待ち伏せしていた男性に刺されたという。もう一人の男性も重傷を負ったが「襲われた理由がわからない」と話している。
(実行犯は江戸川の怒羅権(ドラゴン) の構成員)
 
 * 怒羅権(ドラゴン)
  東京都江東区、港区台場、江戸川区を拠点とする暴走族。
  中国残留孤児の2~3世を中心とした違法グループ。
  構成員は成人すると、中国国籍の朝鮮族を主体とする東北系チャイニーズマフィアと連携して
  裏社会にも進出している。
   「怒羅権」とは「日本人に対する怒り、団結、権利」を意味している。
   東京都江東区、江戸川区を縄張りとし、葛西怒羅権・深川怒羅権・府中怒羅権・王子華魂・赤羽華龍
    のようにいくつかのグループに分かれている。
   構成員は包丁やナイフ、鈍器で武装し、敵対する暴走族への襲撃や恫喝を繰り返すなどして
   関東一円の日本人の非行グループを圧倒し、最大の暴走族となった。
   関東連合の友好団体の一つ 。
   参考URL
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%92%E7%BE%85%E6%A8%A9


1988年 関東連合杉並公園暴行事件→幹部12名逮捕
警視庁少年二課と荻窪、杉並署は31日までに、対立する暴走族や一般人への死傷事件を起こしている暴走族「関東連合」の幹部ら12人を傷害や暴行容疑で逮捕した。
同グループは抗争相手を拉致(らち)して全裸写真を撮影、「写真をばらまかれたくなければ金を出せ」と恐喝する手口で勢力を拡大していた。
幹部が50万円から100万円を持ち歩き、箱根で芸者遊びをするなど資金の潤沢さが指摘されており、 警視庁は組織の全容解明を進めるとともに、幹部らの一斉摘発に踏み切ることで、同グループの壊滅を目指す。
東京都杉並区や世田谷区を拠点とする「関東連合」は数グループからなり、構成員は約120人。
逮捕されたのは、「用賀喧嘩会」会長の高校3年生(19)や「宮前愚連隊」リーダーの杉並区の高校一年生(18)ら。
調べでは、グループは2月8日夜、70万円の資金カンパを拒否した19歳の少年ら三人を杉並区内の公園に呼び出して暴行、最高全治2ヶ月のけがを負わせた疑い。3人はそれまでに数10万円を恐喝されていた。


2000年 東洋ボール殺人事件
2000年5月13日午前1時頃、大田区池上のボウリング場「トーヨーボール」の駐車場において 暴走族(関東連合)14人(16歳~26歳)は、対立する全狂連暴走族と間違えて寿司屋見習いの 小笠原一也さん (18)を金属バットで殴り、車で連れ去り拉致した。
数時間後、少年は病院の前に置き去られたが まもなく脳挫傷で死亡した。
また現場に居た会社員(18)にも重傷を負わせた。
この事件の主犯格は柴田大輔。伊藤リオンも関与。
当時少年だった柴田大輔、伊藤リオンらは逮捕されるも名前も出ず 。
使用車所有者:高橋裕也(三田佳子の次男)
三田佳子の地下室は関東連合のたまり場だった。
 

  *柴田大輔
  宮前愚連隊 8代目 。
暴力団顔負けの容赦ない手口・手法を使うことで有名になる。
  宅急便や新聞屋を装い、敵対する相手の家に行き襲いかかり、標的の親が出てきた場合は金品を強奪。
  柴田大輔により、宮前愚連隊が有名になる。
  宮前愚連隊に属していたが、出所後、暴力団弘道会が出資した広告代理店や
  芸能プロをまかされヒルズ族に。




*伊藤リオン
 中学3年生の頃にサッカーJリーグ・東京ヴェルディユースに入団していたものの、公務執行妨害でクビに。
 サッカーを続けていればプロ間違いなしと言われる程のレベルであった。
 その後、 暴走族へ。
 外見から、黒人と誤解されるが、父親は中米のパナマ人で母親は日本人のハーフ。
  8代目柴田大輔と知り合い、宮前愚連隊に入って有名になる。 
  その他、三軒茶屋愚連隊にも所属し、現在は「関東広域アウトロー連合」に所属。

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伊藤リオン


 
 *宮前愚連隊
 「よみがえれ大和魂」のキャッチフレーズを掲げる暴走族。
 関東連合の友好団体の一つ。
 

 




2000年 世田谷一家殺害事件

東京都世田谷区の会社員宅で、父親(当時44歳)・母親(当時41歳)・長女(当時8歳)・長男(当時6歳)の4人が惨殺された。隣に住む母親の実母が31日の午前10時55分ごろ発見、事件が発覚した。

この事件は、20世紀最後の日に発覚した、大晦日に差し掛かろうとする年の瀬の犯行だったことや、犯人の指紋や血痕など個人を特定可能なもの、靴の跡(足跡)の他、数多くの遺留品を残している点、子どももめった刺しにする残忍な犯行、殺害後に翌朝まで10時間以上に渡って現場に留まり、パソコンを触ったりアイスクリームを食べるなど犯人の異常な行動、これらの多くの事柄が明らかになっていながら、犯人の特定に至っていないことでも注目される未解決事件である。

被害者の宮沢みきおさんは当時、事件数日前に地元の暴走族「三軒茶屋愚連隊」ともめていたという記事が、あるスポーツ紙に掲載されたらしいが、この三軒茶屋愚連隊は伊藤リオンが属していた関東連合の一派である。

犯行現場に残されていた血液のDNAからルーツを辿る人類学的解析により、父系がアジア系民族、母系に欧州系(地中海)民族が含まれることが判明。「日本人には少ない型」とする専門家の声もある。
「犯人が純粋な日本人である可能性も否定せずに、国内でも幅広く捜査する」方針。



2001年 いしだ壱成麻薬事件(取引ヵ所:西麻布ミューズ(経営者:瀬川重雄))
大麻取締法違反容疑で逮捕されたタレントのいしだ壱成(本名・星川一星)容疑者(26)がLSD(合成麻薬)も所持していた疑いが強まり、厚生労働省近畿麻薬取締部は7日、いしだ容疑者を麻薬取締法違反容疑で再逮捕した。
調べによると、いしだ容疑者は先月22日、東京都内の自宅にLSDの紙片1枚(1回分)を隠し持っていた疑い。
同取締部は先月20日、いしだ容疑者が宿泊していた大阪市中央区のホテル客室内で大麻樹脂2グラム(末端価格約2万円)を見つけ、現行犯逮捕した。
2日後、自宅を捜索し、LSDを押収した。LSDに関して、いしだ容疑者は「自分は知らない」と供述しているという。



  *瀬川重雄
  「エーライフ」グループオーナー。ソープ「瀬川グループ」総裁。
  クラブ「エーライフ」は関東連合会長あった川奈毅が出資している。

  2011年には、クラブ「エーライフ」の店長であった笠井克啓容疑者(51) が客を恐喝し、
  10万円を脅し取る事件が起きている。


 




  
2003年 PRIDE森下社長変死事件
1月9日未明に「PRIDE」を主催するDSE(ドリーム・ステージ・エンターテインメント)社長であり「総合格闘技界のビル・ゲイツ」と異名をとる森下直人氏(42)が西新宿のヒルトン・ホテルの客室で首吊り自殺した。
当日午後のDSEの記者会見に寄ると,森下社長と交際していた女性と別れ話で口論となり発作的に首を吊ったとのことであったが、大分合同新聞の社会面の記事によると「森下社長は知人女性に自殺をほのめかすような電話をかけており,電話を受けてホテルに女性が駆け付けた時には既に死亡していた.」という内容であった。
この記事の元ネタがどこなのかは分からないが,比較的早い段階でリークされたものが情報源になっていると考えられる。
「裏PRIDE読本」という本には、 興業と暴力団との密な関係や 巨大な裏組織が関与しているといった内容のことが書かれおり、森下社長の変死とも関わりがあるのではないかと言われている。







2003年 スーパーフリー事件(実行リーダー:和田真一郎)
2003年5月にスーパーフリーが開催したパーティの際、女子学生がサークルのスタッフらに集団で乱暴される事件が発生した。
この件については被害届が出され、6月に代表やスタッフが逮捕されたが、後の捜査によりそれまでにも常習的に集団で暴行を繰り返していたことが発覚した。
しかし、立件されたものはわずか3件、14人が起訴されるに止まった(事件後スーパーフリーは解散)。
スーパーフリーのリーダー和田真一郎は、自分のバックには関東連合がいると常に言っていた。
関東連合は広末涼子やベッキーのような当時の大学生アイドルを執拗に狙い、多くの学生芸能人は大学に来なくなった。
昔から、イベンターやオーガナイザーはイベント利権で非合法的組織と深い関係があり、
スーパーフリーの利権は関東連合にあったとされる。
そのため、スパーフリーのイベントは関東連合の当時の会長であった通名 :川奈毅 と顧問であった工藤明生が支援していた。
当時の大学がらみの危ない組織はカルト宗教がほとんどであったが、朝鮮人遊びグループというのはまだ無名で、スーパーフリーが在日裏社会の下部組織であったのは間違いない。
 


 *川奈毅 
 伊藤リオンの兄貴分。 映画「代打教師秋葉真剣です!」 に出演。
 「三軒茶屋愚連隊」創立者で、関東連合のOB・最高顧問。
 「K-1」創始者・石井館長のボディガードをしていたこともあり、
 AVプロダクション社長をしている。
  六本木「フェリア」の実質的な支配人。
 西麻布のクラブ「エーライフ」の出資者。
  渋谷「アトム」の元オーナー(中村に店を譲った)。
  90年代チーマー達と繋がっていて薬の売人。
  六本木じゃ有名な薬屋。
  ケツ持ちは山健・木村會の関東責任者。


 (川奈毅の経歴)
  川奈は26歳にして関東連合総長の肩書きを得る。
  以後の川奈は無敵。レイプ・集団リンチなど。
  川奈は昔からシャブ中。イラン人ネットワークを使用。
  しかしビザ規制でイラン人が消え、渋谷のシャブ利権を手に入れた。
  見ず聞かずの立場を貫き「場所代」を徴収するだけの合法ビジネス。

  関東連総長→hitomi元彼→山健組加入→石井館長ボディーガード
  →広末涼子→宮崎あおい→高相祐一→酒井法子→金属バット隊殺人


 (川奈毅の噂)
  芸能人の女をヤク中にしてまわして撮影し中出・妊娠さして舎弟に責任取らせる。
  旦那に広末を呼ばせてクラブのVIPルームで灰皿にウンコさせたといわれている。

  酒井法子、梨花、奥菜恵、広末涼子は、「K」の刺青を持つ。
  刺青はK(川奈毅)グループの証であり、Kの性玩具の意味もある。
  R,O,Hは左ケツに刺青。
  NPが目立つ場所に入れてるのはランクが上のため。
  その他、hitomiとも交際。
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川奈毅



*工藤明生 
  山健組健國会 、関東連合元幹部 。
  芸能プロダクション「株式会社プラチナム」の経営者でスーパーフリーのケツモチをしていた。
  押尾事件の宇田川警備隊の泉田は工藤明生氏の渋谷時代の遊び仲間。
  チーマー全盛期の真っ只中、幅広い交遊関係を築いて一躍有名となる。
  数多くのイベサーを纏め、同年、全国の実力者達を一同に集め、六本木ヴェルファーレに於いては学生史上  初となる巨大イベント・キャンパスサミットを開催。若者達の間で一大旋風を巻き起こした。
  1995年サイドキックス入隊。白浜で30人斬りするなどで新人MVP賞受賞。「打て打て」という用語は彼から生   まれたらしい。(当時 のイベサー流行語大賞受賞)ところが単独行動と友人の裏切りが多々発覚し孤立。サ  イドキックスを自主退部。負け犬になりたくなかった彼はサイドチョップス(ギャルサー)を立ち上げる。
  1997年、エイベックスと結託し高校生をユースとして発掘。
  D1グランプリは各メディアで取り上げられる巨大イベントとなる。
  1999年、アド電通入社。
  同期に前田健治・警視総監(当時)の子息、前田健輔がおり、二人三脚を組む。

  電通バッチを手にした彼はこれでもかといわんばかりに、
  電通バッチと電通手帳を振りかざし、あらゆる女子大へサークル勧誘に勤しんだ。
  その後もイベサー業界に君臨し、当時力を持っていたT氏にとり入ることで、
  逆らえなくなった後輩を取り込み工藤派閥を形成。
  ジャイ尚もその一派である。彼はそれら後輩サークルから金と女を吸い上げ
  いつまでもイベサー界に君臨し続けた。
  合同イベントのパンフに彼の顔写真と「あっくん大王」という記載があった。
  工藤派閥の中には高校生サークルも存在し、スレイブやハーフタイムなどは女子高生要要員として活用。
  レイプを繰り返し、その名のとおり奴隷にした。中には14歳の中学生もいたという。
  まさしく犯罪である。スーフリのイベントでは常に女をVIPにはべらし、
  気に入った子がいると非常階段で強姦。自分の打ったあと後輩に回し恩を売っていたという。
  これは後々訴えられた際に後輩に罪をなすりつけるための一手段だったという。
  イベサー界とは裏腹に六本木にソープも経営。イベントで見つけてきた子を脅してソープ嬢に育てていた。
  彼の飼育のテクは業界でもピカいち。彼の達者な口とチンポがものをいった。
  電通内にも子会社の身分を利用して入り込み、黒い人脈を形成していった。
  雑誌関係の仕事に携わっていたため雑誌社とのコネクションに強かった彼は、
  逐一電通の内部情報を雑誌に垂れ込んでいた模様。

  2001年子飼いのスーフリ事件の引責を受け、子会社への出向を命じられる。
  2003年6月アド電通を前田氏と自主退社。
  現在、山口組(山健組)及び警視庁の庇護の下、
  近未来に於けるフィクサーの最有力候補としてその名を馳せている。


  *プラチナム
  日本のレコード会社「エイベックス」と業務提携していた事務所「プレミアムプロモーション」から
  モデル・タレント・グラビア部門の事務所として2000年に設立された。
  当初からエイベックスと縁が深かったが、現在では同グループ会社としては数えられていない。
   2007年には、関連会社「プラチナム・パスポート」を設立し、
  スポーツ選手や文化人のマネージメントを行っている。
  
  <所属タレント>
   ・若槻千夏
   ・東原亜希
   ・木下優樹菜
   ・小倉優子
   ・手島優
   ・トリンドル玲奈
   ・上原美優(2011年死去)
   ・奈々緒
   ・袴田吉彦
   ・KABAちゃん   ・・・他にも多数

   参考URL
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%81%E3%83%8A%E3%83%A0%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%80%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3
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当時の上原美優のマネージャー。




年 赤坂プチエンジェル事件(実行リーダー:吉里弘太郎)
マスコミでもタブーとされている事件。
犯人であった吉里弘太朗は当時29歳で、無店舗型のロリコンデートクラブ「プチエンジェル」を経営していた。
女子高生数人をスカウトとして雇い、渋谷や新宿で
「カラオケ5,000円・下着提供10,000円・裸体撮影10,000円」と書かれたチラシを配らせていた。
しかし、実際には、無店舗型のマンションの一室には小学6年生の少女4人が監禁されており、
児童買春デートクラブであった。
スキを見て逃げ出した少女が、マンション横の花屋に助けを求め、事件が発覚。
犯人は自殺したとされている。
この事件がタブー視されている理由は、警察が「プチエンジェル」から押収した顧客名簿の中に
数多くの著名人や政治家、医者や弁護士、マスコミ幹部の名前が記されていたからだと言われている。

しかし、警察が動いたのはあくまで少女たちが被害者である〝監禁事件〟のみだ。吉里の死については深い捜査もなく、早い段階で自殺と発表された。
犯人である吉里弘太郎と事務所を共同利用していた人物が、芸能人との交友でも知られる六本木の有名クラブオ―ナ―。

赤坂プチエンジェル事件を詳しく見る   ↓
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【事件概要】
当時29歳であった吉里弘太郎容疑者は、無店舗型のデートクラブ「プチエンジェル」を経営していた。
14名もの女子高生を雇い、スカウト目的で渋谷や新宿で、
「カラオケ5,000円、下着提供10,000円、裸体撮影10,000円」 高額アルバイトと書いた求人チラシをまいていた。
応じた小学生の数がなんと120名以上。
チラシ通りの場合もあったようだが、実態は児童買春行為をさせていた。
小学6年生の女児4人がマンションの一室に監禁されていたが、
犯人のスキを見て裸足で逃げ出した少女が近くの花屋に駆け込み、助けを求めたために事件が発覚。
警察が乗り込んだ時にはすでに犯人は自殺していた。


テレビでは、これが事実のように報道されていますが、この事件は不可解な事が多数あり、
マスコミもタブー視しているため、詳細については報道されていません。


実際に押収された顧客名簿の中には、2,000人以上の著名人や政治家、医者、弁護士、警察関係者、マスコミ幹部の名前が記されていたと言われていますが、名前は一切報道されていません。



警察発表によると、自殺した吉里容疑者はビニ―ルをテント状にした中へ入って、足元に2個の七輪で練炭を炊いた「急性一酸化炭素中毒死」と断定された。


しかし、日本テレビが行った検証によると同様の方法ではビニ―ルが解けてしまい窒息死には至らないという結果が出ている。
また、ビニ―ル内が非常に高温になったはずだが火傷も暴れた形跡もなく、現場にいた少女たちも焼ける匂いを証言していなかった。


少女達が監禁されていたとされる間に、マンションに男女2名が出入りする姿が目撃されている。
この男女のついても追跡調査は行われていない。
この男女の実名まで判明しているものの、捜査をしていないのである。

一捜査官が「男女のうち、男の方が警視庁幹部の息子であった」と証言したとされ、
そのため追跡調査が打ち切りになった可能性がある。
その後の警察の発表では「男女二人の名前は分かっていない」を繰り返した。



繁華街を舞台にした巨大売春組織には例外なく暴力団などの裏組織が介入するが、この事件では死んだ吉里一人が全ての犯人とされている。
そこにいたはずの共犯者や顧客は存在しないことになっているかのようだ。


また吉里容疑者の自殺よりも前に
彼の父(元朝日新聞西部本社社会部長。警視庁キャップの経歴もある)も自殺している。
理由は更迭が原因だったと言われているが・・・。
また彼の兄も自殺しているが原因不明。



【この事件の疑問点】
・事件現場は赤坂ではなく、渋谷として強調して報道された。

・少女達の情報公開(実名)したとたんに事件が解決。(公開捜査の前日であった)

・死亡解剖をする前から、自殺と断定され報道される。

・少女達の目撃証言から容疑者以外にも、客引き・運転手・部屋の名義人などの数人の共犯者がいるとされているが、吉里一人での単独犯とされている。

・マンション内から、多額の現金が見つかり、口座には35億円もの大金が入っていた。
単独犯とされているのに、あまりにも大金。

・時間の経過とともに目撃者の証言と警察の発表が変化している。
また救出されたはずの少女達の証言もコロコロ変化。
目「世話役に手錠をかけられていない少女がいた」→警「手錠が外れた」
目「少女が窓から助けを求めていた」→ 警 「裸足で花屋に駆け込んできた」
目「容疑者は何度か外出しているのを見た」→ 警 「容疑者は一度も外出していない。自殺の可能性」

・押収されていたはずのスタンガンを「押収していない」と発表し、後日になって「押収した」とだけ発表した。

・押収した物の中に顧客リストがあったが、「ほとんどが偽名」という理由で捜査していない。
当初マスコミは顧客が医者・弁護士・政治家と報道したが、ロリコンマニアの方に話題がいき、
顧客名簿を押収したにも関わらず、捜査中止。偽名なのに、何故職業が分かったのか。


・監禁されていたはずの少女の一人が、吉里に代わって近くのATMで金を引き出していたことがわかった。考えてみれば4日間も手錠で拘束されたままトイレにも行っていないのは不自然


・事件を追っていたジャーナリストの染谷悟さんが変死体で発見される。





【事件について】
稲城市の小学6年生が行方不明となった女児失踪事件で、警視庁は2003年7月17日、失踪していた少女全員を、赤坂の短期賃貸マンションの最上階、11階にある2DKの部屋で保護。
女児達は行方不明になってから丸4日間近くをこの部屋で監禁されていた事になる。
部屋の中では、20リットルのタンクや鉄アレイをつけられ、手錠をかけられ動きを制限されていた。
目にはアイマスクをされ、監禁中はお菓子類しか与えられていない。
17日、女児の1人が、部屋に容疑者らしき人や共犯者などの陰がない事を確認し、脱出を試みたところ、
手錠が外れ、マンション隣にある生花店に裸足で駆け込み
「助けて下さい!警察を呼んで下さい!」と訴えたことから、生花店の店員が赤坂署へ通報した。
赤坂署が到着し、少女達を保護。
保護された少女の中には恐怖で自分の名前すらも言えない子もいたという。
監禁されていた部屋に警察が突入すると、吉里弘太郎が遺体となって発見されたのである。


調べによると・・・・

少女のうち一人が、渋谷の繁華街で7月上旬に吉里容疑者に声をかけられ、「会ってくれたお礼」と言い、1万円を渡す。その時に「またいつでもおいで」と言われ、女児は携帯電話で連絡を取り合うようになった。
11日に吉里容疑者とは別の人物が赤坂のマンションを契約。
その女児が他の3名の女児に「渋谷に行けばお金がもらえる」と誘い、4人で13日に稲城市から渋谷へ向かった。
その日に、女児は吉里容疑者に「1万円で部屋を掃除するアルバイトをしてくれないか」と言われ、
午後1時に渋谷の高級ホテルで面会。
その後、JR渋谷駅から2人づつタクシーに分乗して赤坂のマンションに連れて行かれたのである。
1台目のタクシーに吉里容疑者が乗り込み、2台目には知らない男が乗り込んできたという。
その後、吉里容疑者によって4人は監禁されるのであるが、その時にもう一人の男は部屋には入ってこなかった。
2人の女児が逃げようとしたところスタンガンで脅され、手錠をされる。
同日に女児らの家族から捜査願いが出され、16日に「女児失踪」としてマスコミによって報道される。
16日に警視庁は2002年3月に中学2年の少女を買春したとする容疑で、吉里容疑者の逮捕状を請求。
17日に女児が裸足で逃げ出し吉里容疑者逮捕となった。


事件を受けて翌日、渋谷では一斉補導が行われ、1,500人以上の少年少女が補導された。
その後、捜査が進められ、借りていた埼玉のアパートからは1,000本以上のビデオテープと顧客リストが押収された。


動揺していたとはいえ、女児達の証言が二転三転するのはおかしい。
もし吉里が何か大きな組織に関わっていたために殺されたのだとしたら、殺した人物により女児達がうまく丸めこまれている可能性も否定できない。

事件の4ヵ月程前にも吉里は2名の女子高生との売春容疑で逮捕状がでていた。
当然吉里が逮捕されて困るのはデートクラブの2,000人もの顧客達。
もし吉里が死なずにそのまま逮捕となっていれば、巨大売春組織事件として扱われていただろう。


警察の動きが最もおかしいと感じた部分は、通常、未成年者が行方不明になった場合
即日情報公開が行われるのが通例なのだが、この事件に至っては、16日の夜になっても公開されなかった。
つまり、警察の中で女児達が売春をしている可能性があるという事を把握していたとしか考えられないのである。

押収したビデオの中には顧客らしい男と女児の性交が録画されていたという情報もある。
これだけ捜査する点があるにも関わらず、監禁事件・被疑者死亡で終結させるにはあまりにもお粗末である。



【同級生の証言で容疑者浮上】
稲城市の4人の親から多摩中央署が捜索願を受けたのは、行方不明から半日経った13日夜。
同署は、4人が通う小学校の同級生や保護者に心当たりがないか、一斉に聞き込みを始めた。
やがて、行方不明になった少女の1人が渋谷で「バイトしてお金が貰える」所があると友達を
誘っていたという証言が複数得られた。
誘われた事を母親に相談し、断っていた同級生もいて、保護者の間でも噂になっていたという。
一方、少年育成課は、少女を対象にバイトを誘っている人物として、容疑者を把握していた。
女子高校生を使って、中高生に「いいアルバイトがあるよ」と声をかけさせていたという。
少女の自宅からチラシが見つかり、そこに書かれていた携帯番号が吉里容疑者のものだった。
プチエンジェルとは吉里容疑者が少女を集める際に使っていた呼び名で、店舗やネット上の
サイトなどはなかったと見ている。
また同容疑者には別の容疑があり、16日に逮捕状を取って行方を追い始めていた。




【吉里弘太郎という人物】
過去に買春で逮捕歴があり執行猶予中だった。

東京都多摩地区の主婦売春組織も束ねていた疑惑があり、兼ねてからマークされていた人物。
人脈が広く、自民党の大物代議士の名刺まで持っていた。





【 ジャーナリストの染谷悟さん 刺殺事件】
2003年9月12日午前7時頃、東京都江東区の東京湾でフリージャーナリストの染谷悟さん(38)の刺殺体が浮いているのが発見される。
遺体は背中に8ヶ所刺された後があり、ベルトにはダイバー用の重り8個(約16キロ)が装着され、更に約6キロの鎖が巻き付けられていた。

染谷さんは殺される約1年ほど前から、自宅のベランダや窓を壊されたり、空き巣の被害に遭うなどしていた事が14日に分かった。
調べでは、染谷さんは昨年の9月、当時住んでいた豊島区のアパートで空き巣被害に遭い、カメラやレンズ、パソコンなど77点を盗まれた。
2003年1月には、ベランダのフェンスが壊される被害に遭ったほか、4月にも玄関のドアが開かないようにドアの隙間に物を詰められたり、窓が割られるなどの嫌がらせが相次いだ。

また、知人の携帯電話に7日の未明に染谷さん名の不審メールが届いている。
染谷さんは5日に知人と電話で話をして以降、連絡が取れなくなっていたのだが、メールには
「旅にでる」とする内容だったが、発信者元のアドレスが染谷さんが死ぬ直前に使用していたメールアドレスではなかった。


染谷さんは殺される前に「中国人に命を狙われている。殺されるかもしれない」と漏らしていた。


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2004年 オレオレ詐欺、関東連合OB逮捕者(逮捕:藤岡「怒羅権」・西佑介「神龍」)
振り込め詐欺:被害6500万円か 5容疑者再逮捕
孫や子供を装い、現金600万円を騙しとったとして、群馬県警捜査2課などによって東京都江東区の
自称会社役員、藤岡剛容疑者(29)ら5人を詐欺容疑で逮捕しあt。
県警によると、藤岡容疑者をリーダーに5人は9件の詐欺罪で起訴され、他に10件の振り込め詐欺への関与を供述。
被害は東京や神奈川など8都県で少なくとも20件、総額6500万円に上った。
逮捕容疑者は、2003年8月29日午前11時頃、新潟市の無職女性(80)に孫を装って電話をかけ、
「先輩の会社の保証人になっていたが倒産した。600万円が必要。弁護士が行くので金を渡して欲しい」
と要求。
その後、午後1時頃に女性から600万円を騙しとったとしている。

当初、メンバーの一人であった西容疑者は容疑を否認していた。
捜査2課の調べでは、西容疑者は2003年4月中旬に、新宿区西新宿にある別の振り込め詐欺グループのアジトを仲間数人で襲撃。
売上金約700万円を始めと、名簿や騙しの手口などを記した「詐欺マニュアル」、携帯電話等を奪い取った。

闇金「コスモ」の20数店舗の1つの店長が元神龍のメンバーで、西容疑者は乗っ取りを計る。
当時の「コスモ」の1店舗の売上金は1ヶ月2,000~3,000万円。
西容疑者のケツ持ちであった指定暴力団「住吉会」と組み、「コスモ」を仕切っている指定暴力団「清水一家」に話を通さず、店長であった元神龍の男に金をチョロまかせて持ってこさせていた。
その時は「もしバレても、自分と自分のケバックには何も言えないだろう」と勘違いし、勝手に店ごと地元に引越しをさせ、乗っ取る。
その話を、自慢げに中鉢正人に吹聴。
中鉢正人がカジック&清水一家にチクり、 発覚。

西容疑者の実家にはガソリンをまかれ放火未遂をされ、姉(妹?)は輪姦された。
西容疑者は、シティホテルから、警察に保護を求め自首。
住吉会はスルー。


 *藤岡剛
  葛西怒羅権所属。十代目総長。

 
  *住吉会
  東京都港区赤坂に本拠を置く博徒系指定暴力団。
  北朝鮮からの覚せい剤密輸と、日本国内の覚せい剤売買を最大の収入源としている。
  極めて悪性の強い反社会勢力であり、構成員は5,900人。準構成員を含めると約12,800人。
  六代目山口組と組織ぐるみの縁を持たない唯一の本州の団体であり、六代目山口組とは、
  数々の抗争事件を起こしていたが、司忍組長が出所した2011年をもって
  山口組との正式な組織間交流関係を樹立した。
 
  
  *清水一家
   静岡県静岡市清水区に本部を置く暴力団で、指定暴力団山口組の二次団体。
   構成員は約200人。準構構成員を含めると約400人。

 
  * 中鉢正人
   荒川暴走愚連隊に所属し、カジック所属していた(カジックとは、五菱会闇金グループ )。
   当時、東証マザーズ最年少で上場記録保持者であった岡村陽久(アドウェイス社長・26歳)の友人で、
   2006年まで上場アドウェイス元最年少筆頭株主。伊藤忠商事に株譲渡。

 





2005年 レコード大賞審査委員長変死事件
「日本レコード大賞」の審査員長を務める横浜市戸塚区、音楽評論家の阿子島たけしさん(65)の自宅が13日早朝に全焼した。
神奈川県警戸塚署は、16日の午前焼け跡から阿子島たけしさんの遺体を発見。
阿子島さんは12日夜、東京都内のディナーショーに出席。
午後11時頃JR戸塚駅の防犯カメラに阿子島さんと思われる姿が映っていたが、その後の足取りが確認されておらず、妻が14日捜査願いを出していた。
県警は、阿子島さんが「レコード会社からタカリを繰り返していた」と告発する怪文書が音楽関係者に出回っていた事から、事件に巻き込まれた可能性もあるとみて、家族から事情を聞いていた。

13日に火事になったにも関わらず、遺体発見が16日というのは不自然すぎる。

謎の怪文書について
10月の下旬から
「音楽業界有志一同」と名乗る人物から、怪文書がマスコミ各社へ再三、郵便やFAXで送り付けられていた。
「勧告書」は「有志一同は会合を開き、貴殿に対して下記の件について次の通り決議した」とし
①阿子島さんの親が死去した際、レコード会社社員に香典を要求。
②一昨年9月に行われた「東京音楽記者会50年の集い」の幹部だったが、決算書を公表せず、余剰金が不明。
③韓国やゴルフツアーを要求した。
④業界の有力筋に顧問料をねだった
と主張。

阿子島さんが審査委員長になる前は、ある芸能事務所がレコード大賞の賞を総なめにしていました。
しかし、阿子島さんが審査委員長になってから、八百長による大賞の受賞ができなくなると危惧し、怪文書を送りつけてきた可能性があります。


阿子島さんの死亡原因は警察により「焼死」と発表され、事件性なしと判断されました。
しかし、司法解剖の結果では煙を吸い込んでいない。つまり、火事が発生する前に死亡したと思われる。とされています。



関東連合の噂や罪2
http://blog.livedoor.jp/tipunews/archives/17288413.html より転載

数多くの黒い噂が漂う関東連合。

芸能界に影響を与える程の力を持ち、数多くの芸能人と繋がりがある。

テレビというのは、不都合な事は放送しない。




2006年 ライブドア野口英昭刺殺事件
エイチ・エス証券社長でライブドアの元役員であった野口英昭氏が1月18日のよるに、那覇市内で遺体で発見された。ホテルで手首を切ったとみられている。
野口氏は自ら非常ベルを押し、非常通報を聞いたホテル従業員が119番通報し病院に運ばれた。

野口英昭氏はライブドア社長堀江貴文氏の元側近。
ライブドアの全身「オン・ザ・エッヂ」上場の際のメンバーで、ライブドアのグループ会社の元社長であった。
現在もライブドア関連株を大量に保有している事から、不正な株取引について事情を知っている可能性があるとみられ、東京地検特捜部は17日に野口氏の会社と自宅を捜査している。
18日に任意で事情を聞く予定をしていたが、連絡がつかず行方不明となっていた。

自殺という報道がされているが、このタイミングであったため、他殺の可能性が高い。

ライブドア野口英昭刺殺事件を詳しくみる

2006年にライブドア副会長であった野口英昭氏が沖縄のホテルで刺殺された事件。

報道では「自殺」となっているが、自殺では片づけられない多くの問題が残る。


1月18日午前11時20分頃、那覇市内のホテルに1人でチェックイン。
午後2時35分頃、室内の非常ベルが鳴り、ホテルの従業が合鍵で入ったところ、ベッドで仰向けに倒れている野口氏を発見。119番通報した。

野口さんは、自分で首を2か所、手首を2か所、腹を5か所刺したらしい。(自分でそこまで・・・)
また、自殺しようとする人間が、それだけ刺した後に非常ベルを鳴らすだろうか。

そのような疑問点から、野口氏は自殺ではなく他殺の可能性が高いとみられる。


まず、野口氏の死に至るまでの経緯として、ライブドア調査がある。

現在のライブドアは、大韓民国のインターネット会社であるNHNの日本法人、NHN Japanが運営するポータルサイトである。が、かつては株式会社ライブドアとして、インターネットや金融、メディアに関する事業を行っていた日本企業であった。1999年に前刀禎明らが立ち上げ、2002年に堀江貴文氏が率いる株式会社オン・ザ・エッヂにサービスを譲渡。

その後のライブドア事件がきっかけでNHNに譲渡する事になる。



【ライブドア事件】
2006年1月16日、有価証券報告書の虚偽記載事件で東京地検特捜部がライブドアを捜索した事がきっかけで、翌日から同社と系列会社の株の売りが殺到。
18日には東京証券取引所の販売システムの処理可能件数に迫ったことで、全銘柄取引禁止という異例の措置がとられた。(ライブドア・ショック)
23日には、堀江貴文や同社の財務担当を務めた宮内亮治ほか4名が証券取引違反で逮捕された。

ライブドア事件には数多くの組織が関わり、多額のお金が動いている。
自民党もそのひとつだ。




【野口英昭という人物】
ライブドア捜索が始まって4日目、「野口英昭氏自殺」という一報が入った。
野口氏はライブドア事件で不正買収のキーになる投資事業組合に直接関わりのある人物であった。
資金洗浄の香港ルートもつながりもある。
野口氏の口を封じたい人物は数多くいたという事だ。
堀江氏、宮内氏ばかりではなく、野口氏がいたエイチ・エッヂ証券側にも、野口氏を消せば、ライブドア事件との関わりを隠蔽し、エイチ・エス証券とライブドアの関係を遮断する事ができると思ったに違いない。



【野口氏は逃げるために沖縄に行った】
ライブドア事件について野口氏が取り調べを受けるのは時間の問題であった。
そのため、野口氏を海外に逃がし、しばらく身をひそめているようにと命令があったのではないだろうか。
野口氏が隠れている間に、関係者は「偽取引は野口一人の責任です」と口裏を合わすこともできただろうし、台湾やマニラへの逃亡を手引きする人間が来るので那覇ホテルで接触するように言われ、それを信じ野口氏は家族にも内緒で沖縄行きの飛行機に飛び乗ったのだろう。
莫大な報酬を約束され、泥を被り海外逃亡。まるでドラマのようなシナリオである。
しかし、沖縄で接触した人間により殺害されてしまった。

週刊現代の記事では、野口氏の死後、沖縄県内にあるIT企業のX社の幹部A氏が「次は俺か」と身の危険を感じていた。
その背景には、闇社会の力が働いていたことを示す決定的な証言を入手したと報じている。
野口氏はリゾート用地を物色するために沖縄に来たときに、X社はリゾート開発事業に乗り出しており、X社のA氏が野口氏の沖縄での活動をサポートしていた。
そしてその野口氏の携帯電話のメモリにはX社及び、A氏の番号が残されていた。
野口氏と面識のある企業幹部が、沖縄市化 嘉間良の林道で殺害された沖縄旭琉成一家暴力団員B氏が野口氏の沖縄でのビジネスパートナーであったと証言したという。
B氏と野口氏が殺されたことにより、A氏がおびえていたというわけだ。


琉球朝日放送で報道された2006年1月17日のニュース内容。
沖縄市 暴力団幹部、暴行され死亡
きのう夜、沖縄市で暴力団幹部が暴行を受け、死亡する事件があり、警察が捜査しています。死亡したのは沖縄市美里の無職、沖縄旭琉会琉成一家幹部東江公男組員(49)です。
事件はきのう午後、沖縄市嘉間良の林の中で東江組員は何者かに頭や顔を殴られるなどの暴行を受け、心肺停止状態で病院に運ばれましたが午後9時に死亡が確認されました。
事件後、同じ組の組員から警察に通報が入り、病院にも組員が付き添っていたことから警察では同じ組の組員が暴行した可能性があるとみて傷害致死事件として逃げた犯人の行方を追うとともに遺体を司法解剖して死因を調べることにしています。



では、どうしてA氏が怯えているのか?
A氏の知人はこう証言している。
「A氏は野口氏と二人三脚でX社を大きくした。その過程で裏社会と付き合うことを余儀なくされ、トラブルを抱えていたのでしょう。そもそも野口氏の怪死をA氏が知ったのも、暴力団関係者からの一報を受けたからです。」



また、沖縄県内外の複数の暴力団関係者はこう証言しているという。
 「ライブドアに強制捜査が入り、追い詰められた野口氏は自分の身をかくまってもらえると思って沖縄へ向かった。空港で迎えたのがリンチ殺人の容疑者たちだ。野口氏をホテルに送り届けた彼らは清掃員に扮してホテルに侵入した。カプセルホテルで殺害するつもりはなく、さらに身柄を別の場所に移す計画だった。おとなしくさせようと、野口氏の顔を殴ったようだが、暴れた野口氏が非常ベルを押した。従業員が見回りに来たが、口を塞ぎ、手足を押さえ、やり過ごした。抵抗をやめない野口氏を前にして二人がかりで同時に手と首を切りつけたが、暴れ方が激しく、それでは絶命しないと見て、手足を押さえて真上から腹を刺した。ホテルは二度非常ベルを聞いているが、二度目は腹をさす前に野口氏が鳴らしたようだ」 


ちなみにX社は2003年秋に振興市場に上場し、その際の主幹事は「エイチ・エス証券」であり、野口氏は株主だったとのこと。






【野口氏は誰に殺されたのか】
週間文春の記事えは、基本的に野口氏殺害の黒幕は、問題の投資事業組合にライブドアと共に出資していた広域暴力団ではないかという推測が基調になっている。
検察は一刻も早く、投資事業組合の内容を暴き、そこに関与していた黒い面々を光に照射してもらいたい。
イメージとしては、五菱会が集めた闇金融の資金の裏引用なものになる。
一説では、投資組合に流れ込んできた黒い闇資金の灰五には政治家の影も見え隠れしているという噂もある。

野口氏の死の一報が伝えられた時、堀江氏は狼狽をかくさなかったが、それが誰の手によるものなのか堀江氏には薄々気がついたのではないだろうか。
その理由も一瞬で察知できていただろう。

ホテルで野口氏が殺された時、非常ベルが鳴ったとされているが、そのベルを押したのが、野口氏ではなく犯人によるものであった場合、その理由と意図は何なのか・・・?

それは、ライブドア幹部とその関係者に、一刻も早く野口氏の「死」の情報を知らせたかったためではないか。
早く死体を発見させるために非常ベルを犯人が押した。

ライブドア幹部や関係者の事情聴取が間近に迫ってした時期である事から、野口氏の死は見せ締めや脅しの意味があったと思われる。
「余計な事をしゃべるんじゃない」ということであろう。

しかし、なぜ野口の死が「自殺」と判断されたのか?
沖縄県警の発表によると、野口氏が殺害された部屋には、中から鍵がかかっていたとのこと。
それだけで自殺と判断するにはあまりにも安易すぎる。
でなければ、「自殺」として処理するよう、圧力がかかったとしか考えようがない。





【野口氏の事件当時の行動】
野口氏が宿泊したホテルの台帳には、住所と本名が野口氏本人により書かれていた。
それから、野口氏の財布の中からは、航空券の半券が見つかり、それによると
搭乗した航空機は18日の朝10時50分に那覇に到着しているのである。
18日の朝、野口氏は汐留から高速で羽田に向かった事実が明らかにされている。
18日当日の行動がかなり詳しくなった。
午前11時半にホテルにチェックインし、その後50mほど離れた薬局で睡眠導入剤を購入している。
そのままホテルの部屋に戻り、睡眠導入剤「ドリエル」を飲んだ。

自殺ではないと疑惑を深める謎として、野口氏の死後、ベッドの脇に血塗れのサッカーシャツが落ちていた事実が判明。
野口氏の夫人に聞いたところ、「主人のものではない」とのこと。
ではだれのシャツなのか?
普通に考えれば、野口さんを殺害した犯人が脱ぎ捨てたということになる。


事件発生後、数多くの記者がこのホテルへ押しかけた。
その記者達に向かって、ホテルの経営者は
「警察の判断が覆るような証言はできないから勘弁してください」
と、記者達に土下座したのである。

この行為によって、記者・視聴者の中には、ますます疑惑が深まる。
やはり本当は他殺ではないのか?
おそらく沖縄県警も現場を検視して他殺であると感じたはずである。しかしそれを「自殺」としなければいけなかった理由があるのであろう。
警察同士で口裏を合わせているのは明白。

沖縄県警によって「自殺である」と発表があったのは、18日の夜ではなく19日の朝だったのだ。
18日の夜中に、「自殺」にするか「他殺」にするかという話合いが行われたのあろう。

ホテル経営者にも圧力がかけられた。
そう考えるのが普通ではないだろうか。





 【野口氏が担当していた沖縄開発事業と自民党との繋がり】
沖縄県は株式会社サイバーファームという沖縄開発事業専門の会社に全面的優遇措置を施していた。
同社は、沖縄の指定暴力団のフロント企業であるダイナシティの系列会社だった。
株式会社サイバーファームの事務幹事証券会社は、野口氏が副社長を務めるエイチ・エス証券。





2006年 山口組秋良連合会一蓮会武田修刺傷事件
(実行犯:千歳台黒帝会S57木藤幸一郎)
覇権争いのため、関東連合に 山口組秋良連合会一蓮会の武田修が道玄坂のヘルスで腕を刺され、腕が取れれる程の大けがを負う。


 武田 修
  父親は寿司職人、兄は闇金の武田善城
 野球少年。ポジションはキャッチャー。
 杉並区立八成小学校卒
 杉並区立中瀬中学校卒
 私立錦城高校中退
 高校時代から長身イケメンでストニューの常連、数々のシノギを覚えて豪遊(主に金融関係の詐欺)
 渋谷のチーム・イラプションの幹部(イラプションは頭の黒澤が木村兄に返り討ちにされて解散)
 その後、主に木村兄の右腕として木村軍団(ジャックス)入り。
 一時、女を追いかけてアメリカへ
 木村兄弟、中学まで同級生の船越らと共に東京を暗躍。
 新宿の瓜田純士にボコられ、その後ヤクザに入門
 歌舞伎町山口系三次の岡川総業(現在は解散)で若頭補佐。同世代で最速の出世。
 10代からの覇権争いを引きずって、関東連合に道玄坂のヘルスで木村と共に捕まる、腕刺されて土下座。
 腕がちょん切れる寸前の重症。練馬モッコらへんの子分動かして関東連合を暫定的に解散させる。
 初台のマンションに泥棒が入る。かなり大掛かりな泥棒で被害は大きかった模様。
 腕の傷の件は未だくすぶった状態、そこに来て勘違い金村さんが調子こきすぎてブチ殺される。
 きっかけは都内の飲み屋で金村が武田に因縁をつけたらしい。
 武田は毅然としてその場にいた上の人に仲介を求めたが、金村はそれさえも無視して調子こく。
 最終的に歌舞伎町でかこまれて土下座の状態で金属バットの刑、脱糞して死亡。
 現在行方不明、歌舞伎町に居ない事は確か。
 身の危険度は最悪。
 これまでの仲間は堅気になってたりヤクザでも下の方で力にならない、
 木村兄弟の求心力はもう弱い、元関東連合の人数はすごく多い、
 武田の武器は金だがそれをめぐって怒羅権も敵になる、
 組の上の人はガキの喧嘩の延長ということで知らん顔。





2006年 長良プロダクション不法侵入事件 (指揮:川奈毅?、実行犯:上山伸治)
氷川きよしさんらが所属する芸能プロダクション「長良プロダクション」(東京都港区六本木)の事務所に暴力団幹部ら二人が押しかけ、住居侵入の現行犯で警視庁麻布署に逮捕された。
暴力団幹部らはプロダクション会長(67)から借金をしていたという。
同署で金銭トラブルが原因とみて調べている。
逮捕されたのは住所不詳、指定暴力団住吉会系幹部、増田孝雄容疑者(58)と港区六本木、会社役員、上山伸治容疑者(45)。
調べでは、増田容疑者らは2月15日正午すぎ、六本木の長良プロダクションの事務所に押しかけ、「会長に会わせろ」と強要。職員らが「会長はいない。帰ってほしい」と求めたが、居座り続けたため110番通報で駆けつけた同署員に現行犯逮捕された。
長良プロダクションは氷川さんのほか、歌手の山川豊さん、タレントの梅宮辰夫さん、中村玉緒さんらが所属している。

  





2007年 三田佳子息子(高橋祐也)覚せい剤取締法違反逮捕事件
 女優の三田佳子さん(66)の二男で自称・歌手の高橋祐也容疑者(27)が、覚せい剤取締法違反(所持)で逮捕された。同容疑での逮捕は3度目で、常習の疑いもある。1998年の最初の逮捕以来、三田さんら家族が立ち直らせようと努力してきたが、三度(みたび)すべてを裏切ったことになる。一報を聞いた家族や関係者たちは一様に言葉を失った。


 高橋祐也
関東連合が起こした東洋ボール殺人事件の車の持ち主だったのが、三田佳子の次男、高橋裕也。
 関東連合のメンバーが三田佳子邸の地下室で、夜な夜な薬物乱交パーティを開催していた。
  高橋裕也は関東連合の中でも下っ端で、金づるであった。
  この乱交パーティに嘉門洋子が参加していた。
  嘉門洋子は関東連合の性奴隷にされ、そんままホンモノのフルヌードモデルへと移行した。
  また、後藤組の組長の情婦である事が公安関係者資料流出から明らかになった。



  嘉門洋子
東京パフォーマンスドールの研修生を経て、1996年にグラビアアイドルとしてデビュー。
  翌1997年度のフジテレビビジュアルクイーンに選ばれる。
地道に活動を続ける中、女優三田佳子の次男高橋祐也の覚醒剤取締法違反事件において
交友関係のスキャンダルが発覚。2001年、著書「月刊・嘉門洋子」で心のうちを告白、
その後は本格的に女優業に移行する。
2011年2月、初のヘアヌード写真集「写真集嘉門洋子」を発売。








2007年 痴漢冤罪詐欺
<詳細調査中>





2008年 新宿集団暴行金剛弘殺人事件(金剛弘は関東連合S50、武田修刺傷が原因?)
東京都新宿区の路上で3月、渋谷区本町の会社員、金剛弘さん(32)歳が集団暴行を受け殺害された。
試験の数日前に金さんが暴力団関係者を含むグループとトラブルになっていた事が判明。
犯行グループは金さんの帰宅を待ち伏せし、逃げる金さんを約300メートル追いかけ、執拗に鉄パイプなどで
タコ殴りに。
金さんは「ごめんなさい」と泣きながら命乞いするも、男らは「殺せ殺せ」と言いながら暴行を続け、悲鳴を聞いた
住民の通報で警察官が駆けつけたが、男らはすでに逃走。
金さんは同月21日に死亡。
犯人らは今だ未逮捕。



 金剛弘
 在日朝鮮人。
 関東連合所属の暴走族構成員。
 父親が経営する韓国食品の輸入販売会社で働いていた。
 父親は歌舞伎町にビルを所有し、女性専用サウナなども経営するやり手であった。

 女優の広末涼子の最初の夫・岡沢高宏とは小学5年生の頃から交流があり、
 岡沢は金の舎弟であった。
 岡沢が幼い頃にいじめられていたのを、金が守り助けってやった事が縁で関係が深まる。

 岡沢とチーム・新宿ジャックスを結成し、暴走族・狂乱恋命に所属。
 関東連合の面倒見となる。

 実際、金に頭が上がらなかった岡沢は、結婚前の広末涼子を金の自宅まで何度も送り届けている所が
 目撃されている。
 当時の金の恋人は同じく在日の女優・ 西山繭子であった。
 俳優・金子賢とも交流があった。
 また、宮崎あおいの元夫・高岡蒼甫も金の事を「アニキ」と呼び、慕っていた。


新宿集団暴行金剛弘殺人事件くわしくは
2008年3月16日、東京都西新宿5丁目の狭い路地で、韓国食材の輸入商社に勤務する
金村剛弘(通名)本名:金剛弘が複数の男らに襲われ死亡した。

帰宅したところを襲われ、逃げる金を男達は「逃がすな」「追いかけろ」と300mも執拗に追い掛けた。
逃げ切れなかった金は、5分もの間、金属バットや鉄パイプなどでボコボコのタコ殴りにされる。

殴られている間、金は「ごめんなさい」「助けてください」と命乞いするも、男達は容赦せず、
「殺せ!殺せ!」と血まみれの金を更に殴り続けた。

悲鳴を聞いた近所の住人が警察に通報するも、警察が駆けつけた時には男達は逃げた後であった。

近所の人の話では
「暴行が終わった犯人達は、車に戻っていきました。
怖かったけど、少し窓を開けて見てみたら、5~6人の男がバットを持って歩いているのが見えました。
全員、目だし帽をかぶっていた。」
とのこと。






殺された金剛弘という男
芸能界と進行が深かった金は、在日韓国人の父母の間に生まれ、
実家近くの小中学校に通い、東京挑戦高級学校に進学。中退。
その後は父親の経営する会社で働いていた。
当時の恋人は女優の西山繭子。
元恋人はフェイレイ (本名:大橋 美奈子 )。
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西山繭子

「もともと金の父親はキムチやチャンジャなどの食材を輸入し、焼肉食材の卸売店や小売店に卸していました。
かなり儲かったようで、今では歌舞伎町にビルを所有し、女性専用のサウナも経営している敏腕」
と近所の人が言う。

金は広末涼子の元夫である岡沢高宏と小学生の頃から交流があり、岡沢のブログにも、
金が写真入りでアップされている。

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広末涼子          

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岡沢高宏


小学校5年生の頃にいじめられっ子であった岡沢を金が守り続けた事から交流が始まったのだが
実際には岡沢は金の舎弟となる。


岡沢とチーム・新宿ジャックスを結成し、暴走族・狂乱恋命に所属。
関東連合の面倒見となる。
名古屋に本拠を置く指定暴力団・弘道会の構成員でもあった。


金と岡沢が舎弟関係にあったため、
結婚する前の広末涼子を金の家へ送り迎えする岡沢の姿が目撃されている。
金に「広末を連れてこい」とでも言われていたのであろう。
当時の広末涼子は、早稲田大学の学生であったが、この頃から不登校になり、
「ぷっつん奇行」が話題となりはじめる。
おそらく、金達に薬物を与えられていたのであろう。


その後、広末涼子は妊娠・結婚をするのだが、ここである疑問が出てくる。



広末涼子の子供の本当の父親って・・・・?

部屋に呼び、広末を情婦扱いしていた金。
その広末が妊娠したとなると、考えられるのは、「子供は金の子では・・・?」
妊娠し厄介者になった広末を、舎弟の岡沢に「押しつけた」と考える方が自然な流れではないだろうか。



また、金は宮崎あおいの元夫である高岡蒼甫とも深い交流があった。
高岡は金の事を「アニキ」と呼び、慕っていた。
実際に、高岡のブログには「遅いハッピーバースデー&メリークリスマス」というタイトルで、
「 今月20日誕生日だった金村君。おめでとうございます。
この人は自分の兄貴的存在。社会のルール、人生の生きかた、悪いことは悪い、いいことはいい。いい意味でいろいろ学ばせてもらってます。これからも道から逸れないように見守っていてください。」
と書かれている。

参考サイト http://web.archive.org/web/20070826092556/http://ameblo.jp/takaoka-sd/entry-10022245607.html

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宮崎あおい・ 高岡蒼甫


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それだけ芸能界と関わりがあった金剛弘が、衝撃的な殺され方をしたにも関わらず、
全くと言っていい程ニュースにはならなかった。

何故なのか?

金が殺された当時、宮崎あおいはNHKで「篤姫」を演じていた。
その事件がきっかけで、宮崎のイメージダウンになる事や、NHKに出ている女優がそんなヤバイ人達と
近い位置にいるなんてこと、NHK側からすれば絶対に知られたくないわけである。
そのため、NHKですらこの事件を取り扱わなかった。
民放に至っては、関東連合と深く交流のある局もあり、在日の人が多い局もある。
そのため、自分達に不利になるような事件は取り扱わない事が多いため、
報道される事がなかった。


また、宮崎あおいの結婚式が完全マスコミシャットアウトで行われたのも、
関東連合との繋がりがあったからではないかと推測される。
一部報道によると、殺害された金が宮崎と高岡の結婚式のスピーチをしたとも言われている。


この事件がきっかけかどうかは分からないが
こころなしか、篤姫が終了してから宮崎あおいの露出が減ったようにも感じる。

しかし、広末が金のおさがりなら、宮崎あおいも・・・もしかして・・・・?


金が殺されてからしばらくの間、広末夫婦も宮崎夫婦もボディガードを
5~6人付けていた事が判明する。
繋がりがある事はバレバレだった。
事件からしばらくの間、高岡蒼甫に至っては行方をくらまし、身を隠していた。

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2008年 飯島愛死亡事件
12月24日クリスマスイブの日。
元タレントの飯島愛さんが遺体で発見されました。享年36。
警視庁の発表では「肺炎」となっていますが、実際の真相は闇の中。
発見された時の飯島さんの遺体は損傷が激しく、歯が唇を貫通しており、腹部も腐敗が進んでいたようです。
エアコン・床暖房をつけっぱなしだったため、腐敗が進んだとみられている。
部屋に争った跡はなかったものの、遺体を検査したところ覚せい剤反応が出たと報道された。

しかし、ネットや一部報道では「飯島愛は殺された」と噂が広がった。
元ヤンキーであった飯島愛の過去の話が噂なのか真実なのか・・・。

飯島愛の死の真相とは?

2008年12月24日に元タレントの飯島愛が自宅で死んでいるのが発見された。
警視庁の発表によると、死亡原因は「肺炎」。

エアコンと床暖房をつけっぱなしで意識を失ったため、遺体の損傷がひどく、
腐敗も進んでいた。

3月に体調不良を原因に突如芸能界を引退した飯島愛。

遺体からの検査では、覚せい剤反応があったとか。

噂では「HIVであった」や「何者かに殺された」という情報が出回っているが、真相は不明。

あの有名な「女子高生コンクリート殺人事件」にも関与していたという噂まで出回った。

果たして実際のところは・・・・?





飯島愛という人物
本名:大久保松恵(おおくぼまつえ)
松恵は、厳格で笑わない父と、いつもその横で目を吊り上げ口数も少ない母の元でそだった。
母からすれば、父が子供達を怒るのは、遠まわしに
「お前の教育がなってないからだ」といわれているようなものであった。
そのため、母はいつも松恵に
「あなたのためだから。あなたのためだから」と言うのが口癖であった。

そんな両親の元で育った松恵。
出身校は江東区第三亀戸中学校。
亀戸地区の中では進学率が高い事で知られているが、松恵の実家から通うには、少々距離が離れている。
どうしてこんな離れた中学校に通う事になったのか?

それにはワケがある。

松恵の両親は元々、松恵の進学先には「東洋英和女学院中等部」を望んでいた。
東洋英和女学院と言えば、お嬢様学校として名門。
しかし、学力が足りず受験できなかったのか、受験したが不合格になってしまったのかは定かではないが
松恵は東洋英和女学院には進学しなかった。


落胆した両親は、せめて高校からでも東洋英和女学院に進学して欲しいと願い、
自治体相手の面倒で困難な手続きをいとわず、当時では珍しい越境入学を実現させたのだ。

松恵の中学受験失敗と越境入学は、同じ小学校の同級生やその親の間で話題となった。
ある同級生の親は
「大久保さんが教育熱心なのは有名でしたから、みんな松恵ちゃんの受験には興味がありました。
でも、大久保さんに受験の結果を聞くわけにもいかないので、どうなったんだろうね?って噂になってたんです。
そんな時に、大久保さんの奥さんがPTAの席で何だか、とても恥ずかしそうにしていたので、
受験失敗したのかな・・・?って思いました。松恵ちゃんが、三亀中に越境入学すると聞いた時、
亀中の親とは関わりたくないんだなと母親達は噂しました。」
と話している。

小学校の友達と離れ離れになってしまった松恵は、たった一人で亀中に通う。
当時12歳だった彼女にとって、その環境の変化は不安でしかなかったであろう。
三亀中の同級生の話によると、
「入学してきた時の松恵は、とても大人しい印象だった」
と話している。

飯島愛になり発表した著書「プラトニック・セックス」でも、中学に入った当初の様子が綴られている。
「中間テストや期末テストで、松恵は学年で10位以内という好成績を修めていたが、
同じクラスにどうしても抜く事のできない女子生徒がいたため、母親からなじられた」と。
数学で90点を取っても褒めてはもらえず、「4問も間違っているじゃない!どうして!?」と
母親には全く認めてもらえなかった。
努力しても努力しても認められず、12歳の少女は、心中で悲痛な叫び を上げていたに違いない。

「私はただ、褒めてもらいたかった。父に、母に、一言頑張ったねって言ってもらいたかった。」

追いつめられた松恵に更に悲劇が襲いかかる。
中学1年生の秋に祖父が他界したのだ。
両親の厳格なしつけでしょんぼりしている松恵を暖かく受け止め励ましてくれて祖父母の家は、松恵にとって
安息の地であった。
そんな祖父が亡くなった。
このショックから、松恵は勉強を怠るようになり、成績は急速に落ちていく。


祖父の他界後、松恵の環境は大きく変化する。
付き合う友達も変わっていった。
仲間と一緒にそれまで出入りしたこともなかったゲームセンターで遊びまわり、その中で知り合った高校生と
交際を始めた。

礼儀正しいと評判だった松恵の態度は、荒々しく変化していった。
よくつるんでいた中学校の同級生はこう語る。
クラスメートの男子の前で、突然スカートをまくりあげた彼女。浮かび上がった紐付きのパンティー。
「当時は、制服のスカートが長ければ長い程、ワルだとみなされ、 大久保もそのスタイルでした。
今思い出しても、何であんなことをしたのか分からないんですが、スカートを突然まくり上げた時の彼女が
少し自慢げに微笑んでいたんです。」
屋上でたばこを吸っているのを、教師達に見つかりそうになった時、松恵はたばこを全て口に詰め込み、
飲み込んでしまったという。
この証拠隠滅で救われた不良仲間は、「大久保はスゲー奴」と一目置くようになった。


しかし、派手な振る舞いは諸刃の剣でもあった。
上級生や他校の不良からすれば、生意気ということに繋がる。

松恵は待ち伏せされ脅されたり、ボコボコにされた事もあるという。
そして決定的な事件が起きた。

中学2年になったある時、松恵はいつも遊んでいた三亀中学の女子生徒に呼ばれた。
待ち合わせの場所の五之橋の下に行くと、いつもと仲間の様子が違う事にすぐ気がついた。
「テメー!イキがってんじぇねーよ!」
と、集まっていた女子生徒ひとりひとりから、激しいビンタを喰らわされた。
松恵の顔はパンパンに腫れ、鼻や口から血が溢れ出ていた中、
大勢の女子生徒の前で土下座させられ謝罪を強いられたのである。

その事件から、松恵は中学校で無視されるようになり、居場所がなくなる。
そして段々、学校にも行かなくなった。



友達がいなくなった松恵は、日曜日になると歩行者天国に行くようになる。
ホコ天に通っているうちに松恵は、自分と同じような中学生達と仲良くなった。
ホコ天が終わると、一緒に新宿に出かけ、歌舞伎町のディスコに入り浸る。

当時の歌舞伎町のディスコは500円で中高生でも自由に出入りができた。
これを機に松恵の人生はさらに堕ちてゆく。
この当時を知る同級生の話では
「大久保が久しぶりに学校に来た時、音楽の授業で縦笛のテストがあったんです。
練習をしていない大久保にも順番は回ってきて、彼女は一応、立ってみんなの前に出ました。
けれど全く縦笛を吹こうとはしなかった。
そんな時、部屋中にシンナーの匂いが充満し出したんです。
あれ?どうしたんだろうと思い、ふと彼女の手に目をやると、ビニール袋の中に笛を入れて、
シンナーを吸っていたんです。
すぐに音楽の先生に職員室に連れて行かれました。」



松恵は定期的に少年センターに通所することとなり、そのたびに古川のカウンセリングを受けた。
そして除々に古川に心を開いていったのである。

しかし、心を開いたからと言って、非行が直るわけではなく、家出や窃盗を繰り返しては補導されるという
日々を過ごした。
松恵はカウンセリングを受けながら、どうにか中学を卒業することができた。

三亀中学の卒業文集を見ると、同級生は嫌でも松恵のことを思い出すという。
それは大久保松恵のページが白紙になっているからだ。
都内の私立高校に進学した松恵は、わずか1ヵ月で退学。
そして両親や古川の元から姿をくらまし、ディスコで知り合った男と埼玉県で同棲生活を開始した。


松恵は16歳の秋、文京区にあるカラオケスナックで水商売のアルバイトを始めた。
みんなに愛されるようにと、勤め先のママがつけた源氏名が「愛」だった。
その後、銀座へ移り、銀座のホステスとなる。


その後の活動
銀座ホステス時代に、暴力団関係の男と交際があったという噂もあるが、
1992年にAV女優となる。
芸名は水商売時代に所属していた店のママがつけてくれた「愛」。
名字は、飯島直子をAV女優として売り出したかった社長の願いが叶わなかった事から、「飯島」とつけた。

飯島愛がAV女優になった理由は、「当時付き合っていた男の借金を返済するため」や「アメリカ留学のため」
といわれていますが本当のところは不明です。

AV女優からタレントへと転身し成功を収めた彼女。
だか、華やかに見えた生活も、実生活はどのようなものだったのか・・・。




綾瀬女子高生コンクリート殺人事件との関与
1989年に起きた、悲惨な殺人事件。
当時、少年(16歳~18歳)だった主犯4人によって、監禁・強姦・暴行された女子高生。
(犯人の名前:宮野裕史、小倉譲(改名後は神作譲)、湊伸治、渡辺恭史
2ヵ月にも及ぶ集団リンチを受けた女子高生は死亡。
その後、犯人達によってコンクリート詰めにされ遺棄される。

少女が監禁されていた事を知る人間は、男女合わせて100人近くいたと言われている。
地元のヤンキーの間では、「少女が監禁されている」というのは有名な話になっていた。
少年達が「家に面白い物がある」と言い、友人や先輩・後輩を連れ、見せ物にしていたからだ。
しかし残念な事に誰一人として警察に通報する者はおらず、親に相談する者もいなかった。
そのため、女子高生は見殺しにされたのだ。

噂では、この100人の中に飯島愛が居たと言われている。
飯島は、主犯格であった少年の先輩と関係があったとか・・・。
そのため、犯行が行われている場所に出入りも可能で、被害者の女子高生の額に落書きをした。と・・・。

綾瀬女子高生コンクリート殺人事件の詳細は⇒コチラ(執筆中)


どうしてそんな噂が流れたのか?
もともと、この事件に飯島が関与しているのではないかという噂はあった。
被害者の女子高生の額に書かれたイニシャルが、飯島の名前と一致するという点や、
ある番組で「コンクリート殺人事件」について聞かれた飯島がしどろもどろであったとか
根拠は乏しいものの、噂としては広く出まわっていた。

しかし、その話がまた蒸し返される事となった。
それは、飯島(当時16歳)が銀座でホステスをしていた頃の友人、「倉知明美」(仮名・当時19歳)の暴露によるものだ。

飯島の著書「プラトニック・セックス」の中で、飯島は倉地の事を
「 ナンバーワンといわれている、とてもかわいい女の子がいた。彼女の名前は、
 倉地明美。十九歳の彼女は、本当に羨ましいほどスタイルがよかった。私よ
 り、一、二センチしか身長が高くないのに、脚の長さはどうみても、もっと差が
 あるように見える。

 栗毛から覗く小さな顔は、お人形さんのように整っていて、女の私から見ても
 惚れ惚れするほどかわいい。親しみやすい笑顔と、肝っ玉母さんとでもいうべ
 き気さくな性格から、明美は誰からも愛されていた。しかも彼女は全身シャネル。
 見たこともないような高値な貴金属や毛皮をたくさん身につけ、とにかく見た
 目は上から下まで「ザ・クラブ」。水商売の究極を行くようないでたちだった。」
と褒めたたえている。

その倉地は2007年10月に「銀座《女の闘い》」を出版。
夜の銀座の実態を暴露しているのはもちろんなのだが、親友であった飯島愛のことについても綴られている。

「飯島愛が恋人にフラれ、レギュラー番組をすっぽかした時、心配した倉地が飯島の家を訪ねた。
部屋から出て来た飯島は幽霊のようで、部屋の中はシンナー臭かった。
芸能界に入ってからも、シンナーをやめられなかったんでしょうね。平常心でいられなかったんだと思う。
その時もシンナーを取り上げた。」

「愛はモテなかったから、男に貢いでばかりいた。私が貸したお金で男にプレゼントしたり。
だから、自分で稼いで貢ぐのは構わないけど、借金してまで貢ぐなよ。って言った事があります。」

「AV女優の過去を消したがっていた。だからAVをやる時に「失うものはすごく大きいよ。
それを踏まえてやるならやれば。」って言ったの。でもさすがに裏ビデオが大量に出回った時は
「死にたい」って言って泣いてた。」

そしてここからが問題の暴露。
「愛本人が言うには、当時の友人の親から「過去の事をバラされたくなかったら金を出せ」と言われている。かなり巨額のお金を渡していたみたいで、愛に理由を聞いても
「生活が苦しいみたい。世話になったし」と話すばかり。
自分の親戚からも「稼いでる金よこせ」なんて言われて、「親に2000万円預けて使われた」と話ていた」

そして、コンクリート殺人事件に関与していると、倉地明美が証言したのだ。



未成年でAV女優としてデビューした飯島は、あっと言う間にアイドルに成りあがった。
しかし、「何かを忘れたい」と取り憑かれるように、1日平均2本以上のAV出演をしていたのだが、
「コンクリート事件への関与」が疑われていることを考えると、
被害者の女子高生を拉致・監禁したのが1988年11月8日。
被害者を死亡させたのが1989年1月7日。
コンクリート詰めの遺体が発見されたのが1989年3月19日。

この当時の飯島は、逮捕された主犯格の宮野裕史の兄貴分、暴力団の加藤という男と同棲していたと
思われる。
綾瀬警察署が、事件関係者を片っ端から事情聴取する家庭で、飯島愛が警察に呼ばれたのか
同棲相手から脅かされて口止めされていたのかは判らないが、
コンクリート殺人事件の判決が出た1991年7月あたりに、飯島はAV界にデビューしている。



2006年10月、飯島は自分のブログに
「足立区監禁事件との関係。私が殺人事件に関係している。とだいぶ前から噂されていたらしい。
私は殺人事件に関わった事実はありません。」
と記した。


おそらく、2007年に出版される予定であった倉地明美の著書 「銀座《女の闘い》」 の執筆の過程で
コンクリート殺人事件と飯島愛の話が蒸し返されたのだろう。





2006年11月11日のブログ記事に、「金を横領された」と書いている。
記事によると、横領していたのは事務所のマネージャー(男)で、その金は外国人の女が使っていたと記している。
「処罰なんかどうでもいい、刑務所に入れても仕方がない」
「信頼とお金は二度と取り戻せない」とも書かれており
刑事告訴はしなかった。

最後に「一億円は大げさです」と書かれていた事から、一億円には届かなくとも、数千万円を横領された
可能性があるということになる。

それだけの大金を横領されて告訴しないのか?
また、記事を書いた12日に収録予定だった「サンデージャポン」の出演をキャンセルしている。
横領されたことがショックだったからなのか?
しかし、横領自体は2年前の話だという。
2年前の横領のショックで、記事を更新した次の日の仕事をキャンセルするのは、どうも不自然ではないか?


ここでもまた、「過去を知る人物にゆすられ、刑事告訴もできないのではないか?」という話が
ぶり返される。


また、飯島はタレント時代にAV女優であった事を隠したかったようで、「AV女優だった事は話さないで欲しい」
と言った事から、ダウンタウンやとんねるずの番組には出演できなくなった。
なのに、著書「プラトニック・セックス」ではAV女優だったことや、シンナー常習者であった事を激白。

一部報道では「プラトニック・セックス」の印税は1億6000万円だったと言われている。
が、飯島本人はほとんど印税を貰っていないというのだ。
実は書いた人は飯島ではないのではないか?とういう噂も広がった。

では、そのお金はどこに消えたのか?





2007年3月に飯島愛は体調不良を理由に引退。
彼女の事務所の発表では「 腎盂炎」(じんうえん)のため、引退とされた。
だが、飯島がレギュラー出演していた「サンデージャポン」で、引退についての彼女のコメントが歯切れが悪く、
また、「中居正広の金曜日のスマたちへ」での引退発表の時も「私はずるい事を・・・本当にゴメンなさい」
と意味深な発言をしていたために、「引退は他の理由があるのではないか?」と憶測が飛んだ。


引退した後の飯島は、新しい仕事への意欲をブログに綴っていた。

2007年9月16日
「やりたいことが明確にあります。
恐ろしく、くだらない事をホンキで夢みています」


そう綴った彼女の夢は、ネットを通じて「コンドーム」や「バイブレーター」などの性にまつわるグッズを
特に女性向けに通信販売する事であった。
性欲を煽る性風俗産業ではなく、エイズや性病感染の予防促進という願いが込められていたようだ。

飯島はとにかく顔が広く、引退した飯島にはさっそく「大物」と呼ばれる人達が群がってきていた。
秋元康や、奥菜恵の元夫・サイバーエージェントの藤田晋社長、ライブドアの堀江貴文前社長などと
一緒にビジネスをするのではないかと報じられていた。


そのため、飯島が通信販売をしようとしても、手助けしてくれる人物は山ほどいたのだ。

そして2008年、藤田晋の協力のもと、ネット販売を始められる寸前までこぎつけた飯島。
オリジナル商品として、コンドームや女子が持ちやすいように地味にデザインされた小型バイブレーター、
体臭に悩む女性向けの石鹸等が作られ、
パッケージも、女性が当たり前のように手に取れるように、高級化粧品のようなシンプルで上品なデザインに決まっていた。

2008年秋、提携工場で量産された商品が納品され、飯島の画像を入れたネット通販ホームページも
完成直前というところで、藤田社長と話がまとまらず、開店不可能になってしまった。

この頃に、円形脱毛症になったと、本人のブログで写真入りの記事がアップされている。


そして2008年12月24日飯島愛遺体発見。
発見されるまでに死後一週間は経過した。

黒い闇が広がる中、自殺か他殺か自然死なのか・・・噂は広がるばかり。

日刊ゲンダイでは、親交が深かった中山秀征が飯島の死の真相を知っているのではないかと記している。





以下、http://www.news-us.jp/article/314366384.html  より転載

1 :お歳暮はトマト1㌘φ ★ :2013/01/19(土) 04:32:45.60 ID:???0
国際指名手配犯を元夫が「数少ない尊敬する人間のひとり」

目下、女優業が絶好調の広末涼子(32)にとっては“抜けないトゲ”のような存在だろう。


昨年9月に東京・六本木のクラブで、飲食店経営者が金属バットで殴られて殺害された事件――。


警視庁は「関東連合」の元リーダー、石元太一容疑者(31)ら15人を逮捕。襲撃グループを統率していた首謀格の見立真一容疑者(33)はフィリピンに潜伏中で、国際指名手配されている。


「事件は人違い殺人だったということがはっきりしている。背景にあるのは関東連合と新宿に拠点を置く不良グループの長年にわたる抗争。新宿グループのリーダーと容姿が似ていたので、間違えて襲撃されたのです」(捜査事情通)


この事件とトップ女優に一体、どんな接点があるのか。事情に詳しい芸能関係者がこう説明する。


「実は、広末の前夫の岡沢高宏(37)は関東連合関係者と10代から交流があり、国際指名手配されている見立とも親密な関係なのです。


5年ほど前のブログには、見立と食事をしたことを書き込み、『年下の中で数少ない尊敬する人間のひとり。凄くいい男です』と持ち上げていたぐらいです」


広末と岡沢は、03年12月にデキちゃった結婚して長男をもうけたものの、08年3月に離婚。その2年後、広末はキャンドルアーティストのキャンドル・ジュン(38)と再婚。次男も誕生している。


「岡沢は現在、自身がプロデュースする衣料品ブランドの仕事や現代アート作家のプロデュース企画などをしています。


離婚後も、長男とは定期的に会っているようです。広末の事務所サイドとしては岡沢との関係を完全に断ちたいのですが、親子ですからね。関東連合が事件を起こしたりするたびに、名前が取り沙汰されることに頭を痛めています」(芸能プロ関係者)


映画、ドラマと仕事は絶好調の広末。忘れた頃にうずくトゲが抜けるのはいつになるのか。
http://gendai.net/articles/view/geino/140531





※参考


広末涼子 “関東連合”事件の影響で大ピンチ!?「元夫と殺害事件の首謀者が……」
http://www.cyzo.com/2013/01/post_12369.html

30歳を過ぎ、女優として第2の全盛期を迎えようとしている広末涼子が、意外な騒動に巻き込まれる可能性が出てきた。

「岡沢や、宮崎あおいの元夫で俳優の高岡蒼佑らが関東連合と非常に近いことはよく知られている。岡沢がまだ広末と結婚していた06年3月25日に更新したブログに『後輩の見立と』食事を楽しんだことを書き込み、見立容疑者について『年下の中で数少ない尊敬する人間のひとり。凄くいい男』と、やたらと持ち上げていた。04年1月に岡沢と広末は都内の結婚式場で身内のみを集めて結婚式を行ったが、おそらく、見立容疑者も出席していたはず」(週刊誌記者)


「今回の件で、警察は関東連合の金脈・人脈を徹底的に叩こうとしている。そんな流れの中、スポンサーサイドは関東連合関係者と関係のある芸能人の起用を控えたいようで、関連芸能人のリストアップを進めている。結婚期間中に元夫が見立容疑者と会っていた広末、高岡の元妻・宮崎も、当然のようにリストアップされるだろう。広末サイドも頭を悩ませるしかなさそうだ」(テレビ関係者)












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