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日本人の鏡 杉良太郎の義理と人情をもう一度おさらいしておこう

杉良太郎、車両12台で宮城へ 大規模炊き出し&物資配布で被災地支援

俳優で歌手の杉良太郎(66)が、東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市雄勝町
で炊き出しおよび物資支援を行うことが31日、わかった。
夫人で演歌歌手の伍代夏子(49)や事務所のスタッフら総勢24名で、あす4月1日早朝に都内
を出発し被災地へ向かう。
自らも阪神・淡路大震災(1995年)で被災し、同震災や新潟県中越地震(2004年)で精力的な
被災地救援活動を行ってきた“杉様”が、今度は宮城支援に立ち上がった。
宮城県・村井嘉浩知事と面識のあった杉は24日、被災者や支援者を見舞うため直接電話し
知事代理の三浦秀一副知事と会談。甚大な被害状況を聞いた杉は「支援物資が届きにくい地
域に足を運び支援の手を差し伸べたい」と温かい食べ物の提供と物資等の支援を約束した。
今回、杉が支援活動を行う雄勝町は、宮城県内でも特に津波による被害が大きかった町の一つ。
同町の家屋約1600戸のうち8割が全壊。今でも電気、ガス、水道、電話回線などのライフライン
は全滅状態で14ヶ所の避難所に1803名が避難しているといわれる。
変わり果てた同町に“温もり”を届けるべく、車両12台(20トントラック2台、タンクローリー車1台、
冷蔵・冷凍車2台、車7台)に水2トン、男女下着類4000枚、歯みがきセット1万セット、入れ歯洗
浄剤500個、クレベリン業務用セット2000セット、だるまストーブ21台、石油ストーブ8台、灯油・
ガソリンなど、大量の救援物資を搭載する。
現地では、カレーライス5000食、豚汁5000食、野菜サラダ3000食を被災者に提供予定。
デビュー前の下積み時代、カレー店に住み込みで2年間働いていたという杉自身がカレーライス
を味付けし、夫人の伍代が豚汁をふるまう。
支援が遅れている同町で炊き出しが行われるのは初めてとなる。
杉ら一行は、車中に寝泊りしながら現地に3日間滞在予定。避難所をできるだけ細かく廻って、
炊き出しと救援物資を届けたいとしている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110330-00000325-oric-ent


俳優で歌手、杉良太郎(66)が1日、妻の歌手、伍代夏子(49)と一緒に、東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城・石巻市で炊き出しと物資支援をスタートさせた。

 夫妻は水や石油ストーブ、男女の下着類など救援物資を12台の車両に詰め込み、真夜中の午前3時に都内を出発。午後2時ごろから同市水浜地区の避難所で、カレー5000食を始め、豚汁5000食、サラダ3000食、杏仁豆腐3000食を振る舞った。杉は「自分がやらないと気持ちがこもらない」と自らカレーの調理に加わった。現地では車中に寝泊まりし、石巻市内で3日まで炊き出しを続ける。

(紙面から)
http://www.sanspo.com/geino/news/110402/gnj1104020504008-n1.htm

杉良太郎って、今までも諸外国で海外支援をしてたんだなあ。
わっちもこれまで二人の子のチャイルドスポンサーをささやかにやってるけど、桁が違う。すごい、マジ尊敬するわ。

$はやぶさのブログ-杉良太郎


杉良太郎アジア・南米支援37年で30億円

政府迎賓館で記者会見をする杉良太郎と妻の伍代夏子  【ハノイ(ベトナム)23日=松本久】日本ベトナム特別大使の俳優杉良太郎(63)が企画参加する「ハノイ・ホーチミン音楽祭」の記者会見が同地で行われた。外交関係樹立35周年を記念し24日から、両国を代表するアーティスト各6組が参加して行われる。20年前から里親として支援する子供たちは100人以上になる。私財も含めてに投じた額は30億円に及ぶ国際貢献の原点には、第2次大戦の悲劇に対するわびの気持ちや、亡き母の姿があるという。

 「外交樹立35周年の記念に音楽祭ができないだろうか」。節目の年の文化交流を思いついてから1年半。24日にハノイ市、26日にホーチミン市で、ベトナム史上初という日本人歌手との総勢12組による華麗な共演が実現する。日本からは杉と妻の伍代夏子(46)に秋川雅史(40)w-inds.、島谷ひとみ(27)夏川りみ(34)が出演。杉自身が1人1人に直接会い、音楽祭の意味を説明した上で出演の快諾を得てきた。「準備で疲れ果てているのを見てきたから、今はホッとしている」と伍代が話すほどの情熱を注いだイベントだ。

 ベトナムはチャリティー公演が縁で20年前から交流を深めてきた。日本語学校を運営し、里親として児童養護施設などの子ども100人以上の学費や生活費支援を行ってきた。20年前の里子が今では家庭を持ち、今や“親”から“おじいちゃん”にもなった。

 国際支援は27歳の時に韓国の38度線を守る兵士を慰問したのがスタートだった。モンゴル、マレーシア、タイ、ブラジルなど10カ国以上で私財など30億円を投じて国際貢献に尽くしてきた。戦争で迷惑をかけたアジアの人たちへの贖罪(しょくざい)と、移民受け入れなどで世話になった南米の国々への感謝を込めた活動だと説明する。活動するほどに、日本人として贖罪と感謝の念を深めた。そしてもう1つ、02年に亡くなった母山田なみゑさん(享年93)の「人さまのお役に立つように」という生き方が大きく影響している。自宅に食べ物がなくても、困っている人には分け与える。そんな背中を見て育ち、自然と同じ生き方を身に着けた。

 かつては「売名行為ですか」と言われる屈辱も味わった。だが、国際貢献で37年、国内でも15歳のときに始めた刑務所慰問が49年目になる。「売名行為ではこんなに長く続きませんよ」。国内での長年のボランティア活動に対し、今年になって緑綬褒章を芸能人で初受章した。「僕のやっていることには定年がないですから」。そう話す杉の横顔を「大変なんですよ」と、伍代が優しい笑顔で見つめていた。

 [2008年5月24日9時34分 紙面から]
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20080524-363676.html

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